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札幌地方裁判所 昭和37年(行)7号 判決 1963年3月08日

原告 和泉保子

被告 手稲町・手稲町立手稲西小学校校長

主文

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

原告(一) 被告町立手稲西小学校長に対し

「1.(第一次的請求の趣旨)被告小学校長が原告に課している町立手稲西小学校における掃除当番を取消す。訴訟費用は被告手稲町の負担とする。

2.(予備的請求の趣旨その一)被告小学校長が原告に課している町立手稲西小学校における一年生の教室並びに便所の掃除当番を取消す。訴訟費用は被告手稲町の負担とする。

3.(同その二)被告小学校長が原告に課している町立手稲西小学校における便所の掃除当番を取消す。訴訟費用は被告手稲町の負担とする。」

との判決

(二) 被告手稲町に対し

「1.(第一次的請求の趣旨)原告には町立手稲西小学校校舎を清掃する義務のないことを確認する。訴訟費用は被告町の負担とする。

2.(予備的請求の趣旨その一)原告には町立手稲西小学校の一年生の教室並びに便所を清掃する義務のないことを確認する。訴訟費用は被告町の負担とする。

3.(同その二)原告には町立手稲西小学校の便所を清掃する義務のないことを確認する。訴訟費用は被告町の負担とする。」

との判決

被告両名(一) (本案前の裁判として)主文同旨の判決

(二) (本案についての裁判として)「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二、当事者双方の主張、認否

(一)  請求原因(原告)

1. 原告は札幌郡手稲町立手稲西小学校(以下手稲西小学校という)第六学年に在学する児童であり、被告手稲町(以下被告町という)は右小学校を設置、管理する普通地方公共団体であり、被告手稲町立手稲西小学校校長高橋五郎(以下被告小学校長という)は右小学校における児童に対する教育の実施に当つているものである。

2. (1) 被告小学校長は手稲西小学校に就学している三年生以上六年生迄の児童に手稲西小学校校舎の掃除当番を課して校舎の清掃作業に従事せしめているが、原告を含む同校六年生に課せられている掃除当番回数並びに清掃個所は昭和三七年八月以来つぎのとおりとなつている。

(イ)  六年生の教室及び附属廊下の掃除 七週間に六回

(ロ)  一年生の教室及び附属廊下の掃除 七週間に六回

(ハ)  便所の掃除           七週間に六回

右清掃作業一回に要する時間はその準備、後片付けを含めてほぼ四〇分である。

右は被告小学校長の教育権に基く義務の賦課であるから行政事件訴訟法第三条の行政処分に該当し仮にそうでないとするもその他の公権力の行使に該当する。

(2) しかしながらおよそ原告を含む児童が学校において受ける教育の内容は学校教育法、同法施行規則並びに同規則第二五条により文部省が告示している小学校学習指導要領に定められていることが必要であるところ、被告小学校長が原告に課している右校舎内の掃除当番は右各教育関係法規並びに告示のいずれにも全く規定されていないものである。従つて右のような掃除当番を原告に課すのは違法である。

(3) 仮に右掃除当番が小学校学習指導要領によつて指示されている教育課程のうちの特別教育活動に含まれるものとするも、学校教育法第二〇条により小学校の教育内容について監督庁たる文部省が定めうるのは教育課程のうち国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、体育の教科についてのみであつて、その他の道徳、特別教育活動、学校行事などについてはこれを定める権限がない。それ故右学習指導要領に定められている特別教育活動の指示は単に訓示規定に過ぎず又文部省設置法第五条第一項第一八号による指導助言行為に過ぎない。従つてかような規定に従つて原告に義務的に掃除当番を課するのは違法である。

(4) 仮にそうでないとするも、学校教育法施行規則第二四条の二及び同条の別表第一によれば前記教育課程のうち各教科及び道徳については授業時間の最低基準を規定してあるが特別教育活動については何らの規定がない。そうすれば右規定の趣旨から見ても特別教育活動はこれを受けるか否かは任意的なものであつて義務的なものではない。従つて被告小学校長が特別教育活動として義務的に掃除当番を課するのは違法である。

(5) 仮に掃除当番が右学習指導要領にいう特別教育活動に含まれ、それによつてこれを課することが形式上違法でないとするも、右にいう特別教育活動は児童の自主的、自発的な活動を基礎にしてこれに教師が指導、助言を与えて行くべき性格のものであるところ、原告に課せられている掃除当番はかような性格のものではなく、原告ら児童の自発的な意志もないのに被告小学校長以下担当教師によつて一方的に要求せられ又命ぜられるものであるから、その実質においては特別教育活動に該当せず従つて違法なものである。

(6) 仮にそうでないとするも被告小学校長が手稲西小学校において原告らを含む児童に対し特別教育活動として前記のような掃除当番を課するのは教育活動として不必要なことであるから違法である。即ち諸外国の多くには児童に校舎の清掃をさせることは児童の健康と福祉に有害であるとして早くからこれをなしていないが、我が国においても二、三の小学校では児童に校舎の掃除をさせていないし又児童に便所の掃除をさせない小学校に至つては全国に亘つて数多く存在する。しかもそれらの小学校はいずれも教育目標の達成に欠けるところがないばかりかむしろそれ以上に達成している。従つて手稲西小学校における前記掃除当番は不必要なものであるからこれを課することは違法である。

(7) 仮にそうでないとするも原告に便所の掃除当番を課するのは児童福祉法第一章の規定に反するものであつて違法であり又憲法第一八条にも反するもので違法である。

よつて原告は被告小学校長に対し請求の趣旨(一)掲記のとおり各掃除当番の取消を求む。

3. 被告町は前記のとおり学校教育法第五条により手稲西小学校を管理し、同校の経費を負担する義務がある。

そして一方昭和三六年以来右小学校に適用されている清掃法第五条によれば、特別清掃地域内の土地又は建物の占有者(占有者なき場合は管理者)はその土地又は建物内の汚物を掃除して清潔に保つとともに便所及び汚物容器を衛生的に維持管理しなければならないと規定されており、又学校保健法第三条には学校の管理者は学校における換気、採光、照明及び保温を適切に行い清潔を保つなど環境衛生の保持に努め、必要に応じてその改善を図らなければならないと規定されており、又地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条には被告町の教育委員会は被告町の処理する教育に関する事務中で学校の環境衛生に関する事務をも管理し執行する旨規定されている。

即ち手稲西小学校校舎を清掃しその清潔な環境を維持することは被告町がその経費を負担してなすべき義務であつて原告ら手稲西小学校に就学する児童のなすべき義務ではない。よつて原告は被告町に対し請求の趣旨(二)掲記のごとく手稲西小学校校舎の各清掃作業に従事する義務のないことの確認を求める。

(二)  本案前の抗弁(被告両名)

1. 被告両名には当事者適格がない。即ち

(1)  被告小学校長は行政庁ではなく又権利主体でもない。

(2)  本件訴訟は手稲西小学校における教育の実施に関するものであり被告町は右学校教育に関する事務についての権限を有しない。

2. 仮にそうでないとするも本件訴訟は被告小学校長が手稲西小学校に就学する児童に対して実施する教育方法の適否を争うものであつて、原告個人としての権利義務にはなんらの関係もない。従つて本件訴訟は法律上の争訟ではないから不適法である。

(三)  本案についての認否(被告両名)

1. (被告小学校長)請求原因1項は認める。同2項(1)中原告のなしている掃除当番回数及び清掃個所は認めるがその余は否認する。同項(2)ないし(7)は争う。

2. (被告町)請求原因1項は認める。同2項(1)中原告のなしている掃除当番回数及び清掃個所は認めるがその余は否認する。同項(2)ないし(7)は争う。同3項は争う。

(四)  本案に対する主張(被告両名)

学校教育法第一八条によれば小学校の教育目標のうちには児童の「学校内外の社会生活の経験に基き人間相互の関係について正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと」及び「健康、安全で幸福な生活のため必要な習慣を養い心身の調和発達を図ること」が定められているのであつて教育は単に教科の施行のみならず同時に児童の清潔な習慣態度をも養うことを目的とするものであつて、同法施行規則第二四条によれば小学校の教育には単なる教科のほか道徳、特別教育活動もその教育課程に含まれており、更に同規則第二五条による小学校学習指導要領ではその第一章、第一、一において、小学校の教育課程は教育関係法規に従い地域、学校の実態、児童の発達段階及びその経験に応じて適切な編成をなすべきことが指示されており、又同章第二、二、(五)項には各教科、道徳、特別教育活動などの指導についての留意事項として児童の学級における好ましい人間関係を育て教室内外の整頓や美化に努めるなど学習環境を整えるようにすることが指示されており、更に第三章第一節では特に自律心、整理整頓、環境美化の心構え、勤労尊重の態度、公徳心の養成が示されている。

しかして被告小学校長はこれらの教育目的達成のための一環として手稲西小学校において原告を含む児童に掃除当番を課しているのである。

理由

一、先づ被告小学校長に対する原告の請求につき検討する。

1. 当事者適格について

被告小学校長は学校教育法第七条、第二八条により任命され、その職責は第二八条第三項によれば当該学校の校務を掌るほか所属職員を監督するものと規定されている。即ち右校務には同法施行規則第一二条の三、第一三条による指導要録作成、児童に対する懲戒処分権のほか更に同規則による学習指導要領に基く教育課程の計画、実施をなす責務と権限が含まれていると解される。

従つて被告小学校長は右校務たる教育活動の実施についての紛争である本件訴訟において被告当事者として訴えられる適格を有する。

2. 原告の請求の法律上の性質について

(1)  原告の主張するところは一般的には被告小学校長の実施する教育活動が違法であつて原告の権利が侵害されているというにある。従つてその紛争は一般的には法律の適用により解決しうべきものということができるから裁判所法第三条にいう法律上の争訟に該当する。

(2)  しかしながら原告の主張するところは具体的には被告小学校長が手稲西小学校において原告を含む児童に課している同校校舎の掃除当番は違法な「行政処分」ないしは違法な「公権力の行使」であるというので以下判断する。

一般に小学校を含め学校における教育活動は学校教育法、同法施行規則などの教育関係法規に基き計画実施される。そしてその内容は小学校においては右施行規則などによつて定められた各種教科科目のほか道徳、特別教育活動及び学校行事などによつて編成されているものである。しかしその目標とするところはそれらの各種教育課程がそれぞれ完結的に、無関係にその技術的な目標水準を達成すれば足るとするものではなく、むしろ逆にそれらの教育内容が相互に相結びつき更にこれに各児童の学校外での生活、経験とも結びついて結局は各児童をして正しい社会関係を理解し、健全なる社会の一員としての生活態度と行動能力を身につけしむべく育成することにある。

従つて被告小学校長と原告との間の教育関係は前記教育関係法規によつて設定され又原告が受けるべき教育の概要とその目標はそれぞれ右関係法規に則り行われるものではあるが、しかしその教育活動として実施される内容は前掲目的を達成するためになされる指導、育成そのものであつて、その法律的性質も非権力的作用の一場面に過ぎず、決して教育権者が就学児童に対し公権力を行使し、或は公権力にもとづいて逐一権利を設定し義務を賦課して行くべき行政処分の累積過程ではない。

しかして原告のいう掃除当番の割当てもその作業の一面だけを見るならばそれは作業の賦課として義務を課せられる処分であるかの如く見えるけれどもそれは結局就学児童に教育目標の一つである健康なる社会人としての自律心、整理整頓の習慣、環境美化の心構え、勤労尊重の態度、公徳心の養成などの育成を目的とする教育活動の一環に過ぎないのであつて、その方法、内容の如何によつては教育活動としての適否を論ずる余地はあるにしても、決して児童をして清掃作業に従事すべく公権力を行使しているものでもなくいわんや法律上の義務を賦課するがごとき行政処分と解することはできない。それ故原告の主張するところは結局行政処分による個人の権利義務関係の設定賦課ないしはその他の公権力の行使に関する紛争ではなく又従つて行政事件訴訟法第三条にいう「行政処分その他の公権力の行使」には当らないのでその個々の請求原因につき検討するまでもなく本件訴は不適法である。

二、つぎに被告町に対する原告の請求を検討するに、被告町は手稲西小学校校舎の清掃その他衛生管理についても地方公共団体としての権限を有するものであるから、かかる事項についての紛争である本件訴訟においては被告当事者として訴えられる当事者適格を有し、又その一般的な主張も法律の適用により解決しうべき性質のものであるから法律上の争訟ということはできるが、しかし原告の具体的主張によるも手稲西小学校校舎における清掃作業は被告町と原告との間の法律関係ではないから右両当事者間における権利義務関係についての紛争ということはできず、従つて原告の被告町に対する清掃義務のないことの確認を求める本訴請求は結局確認の利益を欠くことに帰し、同様に不適法といわなければならない。

三、以上のとおり原告の本訴請求はいずれも不適法であるので却下する。なお訴訟費用は行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条により原告の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石井敬二郎 長西英三 福島重雄)

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